クレーンが稼働する建設現場や工場、倉庫など、あらゆる場所で「玉掛け作業」が行われます。この作業は、重量物を安全に吊り上げるための要であり、玉掛けの資格もあり、それなりの技術が求められます。しかし、その裏側には常に危険が潜んでいます。
厚生労働省の統計によれば、日々、クレーン等による災害のうち、玉掛け作業に関連する事故が頻繁に起きているようです。吊荷の落下、挟まれ、激突――。ほんのわずかな手順の誤りや確認不足が、命を奪い、あるいは生涯にわたる後遺障害を残す悲劇に直結します。
もし、あなたやご家族が玉掛け作業中に事故に遭われたなら、「労災保険が下りるから大丈夫」と安心するのはまだ早いかもしれません。労災保険は治療費や休業中の生活を支える重要な制度ですが、事故によって受けた精神的苦痛(慰謝料)や、将来にわたる全ての経済的損失を補填するものではないのです。
この記事では、玉掛け作業の事故に遭われた方が、ご自身の正当な補償を得るために知っておくべき知識を、事故事例から法的な手続きまで、専門家の視点から詳しく解説します。
玉掛け作業とは何か
「玉掛け」とは、クレーン等で荷を吊る際に、ワイヤロープなどの吊り具を荷に掛けたり外したりする一連の作業を指します。法律上、吊り上げ荷重1トン以上のクレーン等を用いる場合、「玉掛け技能講習」を修了した有資格者でなければ、この作業に従事することはできません(労働安全衛生法第61条、クレーン等安全規則第221条)。
これは、玉掛けが単なる補助作業ではなく、荷の重量や重心、形状を正確に把握し、最適な吊り具と吊り方を選定する高度な知識と判断力が求められる「専門業務」だからです。資格のない作業員に玉掛けを行わせることは、それ自体が重大な法令違反であり、事業者の安全管理体制に問題があることを表します。
なぜ玉掛作業で事故は起きるのか?玉掛け作業の3大事故パターン
玉掛け作業では、なぜ痛ましい事故が後を絶たないのでしょうか。厚生労働省の災害事例報告などから、典型的な3つのパターンを見ていきましょう。
(1)吊荷の落下・倒壊
最も致命的な結果を招きやすいのが、吊荷の落下です。
- 原因:ワイヤロープの選定ミス(荷重不足)、吊り角度が鋭角すぎたことによる張力超過、重心の偏った荷を一点吊りした、劣化した吊り具の使用など。
- 結果:直下にいた作業員が下敷きになり死亡、あるいは脊髄損傷や骨盤骨折などの重篤な傷害を負います。
(2)挟まれ・巻き込まれ
吊荷の移動・着地時に発生しやすい事故です。
- 原因:吊荷と壁・地面との間に手や体を入れる、クレーン運転者との合図が不十分なまま荷を降下させる、回転する吊荷に巻き込まれるなど。
- 結果:四肢の圧挫、切断、あるいは身体ごと巻き上げられるといった深刻な被害につながります。
(3)吊荷との衝突・作業員の転倒
吊り上げた荷の「振れ」によって引き起こされる事故です。
- 原因:吊り上げ直後(地切り時)の揺れ、強風、クレーンの急な操作によって荷が大きく振れ、周囲の作業員に激突する。あるいは、振れてきた荷を避けようとして足場から転落する。
- 結果:脳挫傷、内臓損傷、転落による全身の骨折など、衝突・転倒による二次災害も非常に多く発生しています。
これらの事故の背景には、作業手順の不遵守、危険予知の不足、そして何よりも事業者側の安全管理体制の不備が存在するケースがほとんどです。
労災保険の給付内容について
業務中の事故であれば、労災保険から以下の給付が受けられます。
- 療養(補償)給付:治療費、入院費、手術代など。原則自己負担はありません。
- 休業(補償)給付:療養のため働けない期間の4日目から、休業1日につき給付基礎日額(事故前3ヶ月の平均賃金)の80%が支給されます(特別給付含む)。
- 障害(補償)給付:治療を続けても症状が改善しなくなった状態(症状固定)で、後遺障害が残った場合に、その等級(第1級~第14級)に応じて年金または一時金が支給されます。
- 遺族(補償)給付・葬祭料:労働者が死亡した場合に、遺族の生活保障のための年金や一時金、葬儀費用が支給されます。
- 介護(補償)給付:障害等級第1級または第2級の重い障害が残り、介護が必要な場合に支給されます。
しかし、労災保険では「慰謝料」は支払われません
ご覧の通り、労災保険は治療費や収入の補填が中心です。事故によって被った精神的苦痛に対する「慰謝料」や、後遺障害によって苦痛を受けた「後遺障害慰謝料」及び生涯にわたり失われた収入=逸失利益は、労災保険の給付対象外です。この不足分を補うために、次の「会社への損害賠償請求」が極めて重要になります。
※逸失利益は一部支給
会社への損害賠償請求について
労災保険とは別に、事故の原因が会社側にある場合、民法上の不法行為(709条)または労働契約法上の安全配慮義務違反(5条)を根拠に、会社に対して損害賠償を請求することができます。
(1)なぜ会社に請求できるのか?-事業者の「安全配慮義務」
事業者は、労働者が安全で健康に働けるよう、必要な配慮をする義務(安全配慮義務)を負っています。これは法律で定められた絶対的な義務です。玉掛け作業において、会社が以下のような安全対策を怠っていた場合、義務違反に問われる可能性が非常に高くなります。
・無資格者に玉掛け作業をさせていた
・作業計画を作成せず、危険な作業を黙認していた
・損傷や摩耗したワイヤロープ、吊り具を交換せず使用させていた
・作業指揮者を配置していなかった、または指揮が機能していなかった
・クレーンの定格荷重を超える吊り上げを指示した
・強風など悪天候下での作業を強行した
・立ち入り禁止措置や合図の徹底など、基本的な安全ルールを周知していなかった
これらの事実が認められれば、会社に過失や安全配慮義務違反があるといえる可能性があります。
実例として、労働安全衛生規則164条1項違反を指摘して、裁判で勝訴した事例があります。同規則164条1項では、「事業者は、車両系建設機械を、パワー・ショベルによる荷のつり上げ、クラムシェルによる労働者の昇降等当該車両系建設機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない。」と規定されているところ、それに違反して、「クレーン機能がないショベル」=ユンボで、無資格の者に玉掛作業をさせ、ケガしたという事案でした。
(2)何を請求できるのか?-労災保険では足りない補償
会社に対しては、主に以下の損害について賠償を求めることができます。
損害項目 | 内容 | 労災保険との関係 |
傷害慰謝料 | 入通院によって受けた精神的苦痛に対する賠償 | 労災では支払われない |
後遺障害慰謝料 | 後遺障害が残ったことによる精神的苦痛に対する賠償 | 労災では支払われない |
逸失利益 | 後遺障害により将来得られなくなった収入の補償 | 労災給付で不足する部分を請求 |
休業損害 | 休業期間中の収入減(労災の8割給付との差額2割+α) | 労災給付で不足する部分を請求 |
将来介護費等 | 重い後遺障害で将来必要となる介護費用や住宅改修費 | 労災給付で不足する部分を請求 |
弁護士費用 | 賠償請求のために要した弁護士費用の一部 | 労災では支払われない |
労災保険からの給付と会社からの賠償金を合わせて受け取ることで、初めて事故によって生じた損害の全体が補填されるのです。
慰謝料について
慰謝料には、主に2つの種類があります。
- 入通院慰謝料(傷害慰謝料)
事故日から症状固定日までの間、入院や通院を余儀なくされたことによる精神的苦痛に対する補償です。入院期間や通院期間が長くなるほど、金額は高くなります。 - 後遺障害慰謝料
症状固定後も、体に痛みや機能障害などの後遺障害が残ってしまったことによる、将来にわたる精神的苦痛に対する補償です。後遺障害の等級に応じて、金額の相場が決まっています。
具体的な後遺障害慰謝料の金額は、以下の表のとおりです。
等級 | 後遺障害慰謝料の金額 |
1級 | 2,800万円 |
2級 | 2,370万円 |
3級 | 1,990万円 |
4級 | 1,670万円 |
5級 | 1,400万円 |
6級 | 1,180万円 |
7級 | 1,000万円 |
8級 | 830万円 |
9級 | 690万円 |
10級 | 550万円 |
11級 | 420万円 |
12級 | 290万円 |
13級 | 180万円 |
14級 | 110万円 |
逸失利益について
後遺障害によって労働能力が低下し、将来にわたって得られたはずの収入が減少してしまうことに対する補償です。後遺障害の等級、事故前の収入、年齢などによって計算され、賠償項目の中で最も高額になる可能性があります。
【逸失利益の計算シミュレーション】
- 前提条件:
- 事故時年齢:45歳
- 事故前の年収:500万円
- 後遺障害等級:第9級(労働能力喪失率 35%)
- 計算式:
年収500万円 × 労働能力喪失率35% × 労働能力喪失期間(67歳までの22年)に対応するライプニッツ係数14.029 - 逸失利益:約2,455万円
このケースでは、逸失利益(約2,455万円)と後遺障害慰謝料(690万円)だけでも、合計3,000万円を超える請求が可能になります。労災保険からは、9級の場合、一時金として給付基礎日額の391日分(年収500万円なら約535万円)しか支給されません。その差がいかに大きいか、お分かりいただけると思います。
解決事例:適正な後遺障害等級を獲得し、賠償金約1000万円を獲得
【ご相談者】40代男性・建設作業員
【事故内容】玉掛けで吊り上げた資材をフォークリフトで移動させる一連の作業中、連携ミスから資材が足に落下。右足関節の複雑骨折を負う。
【ご相談の経緯】治療後も足首の痛みが残り、可動域に著しい制限が生じた。労災の後遺障害等級認定を申請するも、会社は「本人の不注意」と主張し、損害賠償の話し合いに応じてくれなかった。
【弁護士の対応と結果】
当事務所は、まず主治医と連携し、後遺障害の存在を医学的に証明するための精密な検査(可動域測定など)を依頼。その結果を基に作成した後遺障害診断書を添えて被害者請求を行い、足首の痛みが残存したことについて後遺障害等級12級の認定を獲得しました。
並行して、現場の状況や会社の指揮命令系統を調査し、作業計画の不備と合図方法の不徹底という会社の安全配慮義務違反を具体的に指摘。粘り強く交渉した結果、後遺障害慰謝料や逸失利益などを含め、最終的に会社から約1000万円の損害賠償金を受け取ることができました。
弁護士に相談・依頼するメリット
労災に遭ってしまった場合なぜ弁護士が必要なのでしょうか。それは、上でご説明したように、慰謝料は労災からは支給されませんし、後遺障害を負った場合の逸失利益の補償も不十分であるからです。
また、労災が認められたとしても、されに請求をするためには、自分が所属する会社を相手に損害賠償請求を行う必要があります。
ただ、この損害賠償請求は、会社に過失(安全配慮義務違反)がなければ認められません。
会社に過失が認められるかどうかは、労災発生時の状況や会社の指導体制などの多くの要素を考慮して判断する必要がありますので、一般の方にとっては難しいことが現実です。
弁護士にご相談いただければ、過失の見込みについてもある程度の判断はできますし、ご依頼いただければそれなりの金額の支払いを受けることもできます。
また、一般的に、後遺障害は認定されにくいものですが、弁護士にご依頼いただければ、後遺障害認定に向けたアドバイス(通院の仕方や後遺障害診断書の作り方など)を差し上げることもできます。
そのため、労災でお悩みの方は、まずは弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。労働災害については、そもそも労災の申請を漏れなく行うことや、場合によっては会社と裁判をする必要もあります。
労災にあってしまった場合、きちんともれなく対応を行うことで初めて適切な補償を受けることができますので、ぜひ一度弁護士にご相談いただけますと幸いです。
労災関連のご質問・ご相談
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。労災分野では労災事故と後遺障害に集中特化した弁護士チームが、ご相談から解決まで一貫してサポートいたします。
初回相談無料:まずはお気軽にご状況をお聞かせください。
後遺障害労災申請のサポート:複雑な手続きもお任せいただけます。
全国対応・LINE相談も可能:お住まいの場所を問わずご相談いただけます。
労災事故で心身ともに大きな傷を負い、将来への不安を抱えていらっしゃるなら、決して一人で悩まないでください。お気軽にご相談ください。
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