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工場や事業所内での事故は、作業中に限らず、休憩時間中に発生することもあります。そして、その事故が他の従業員の過失によって引き起こされた場合、会社に使用者責任を問い、労災保険給付とは別に損害賠償を請求できる可能性があります。
今回は、工場内の休憩スペースで休憩中に、他の従業員が運転するフォークリフトの操作ミスにより荷崩れ事故に巻き込まれ、後遺障害を負ったパート従業員の方が、当事務所のサポートにより、会社から約210万円の賠償金を得た事例をご紹介します。
紛争の内容:休憩中の事故と会社の使用者責任
ご依頼者様(Jさん・女性・パート従業員)は、工場内で軽作業に従事していました。ある日、所定の休憩スペースで休憩を取っていたところ、近くで別の従業員Kさんがフォークリフトを運転し、段ボール入りの製品を運搬していました。その際、Kさんがフォークリフトの操作を誤り、積み上げられていた段ボールの山を崩してしまいました。崩れた段ボール箱のいくつかがJさんに直撃し、Jさんは全身に打撲やすり傷を負い、特に肩と腰に強い痛みを感じました。
Jさんは労災申請を行い、通院治療を続けましたが、残念ながら肩の可動域制限と腰部の神経症状が残り、労災では併合14級相当の後遺障害と認定されました。
Jさんは、事故が会社の管理する休憩スペースで発生したこと、そして加害者が同じ会社の従業員であったことから、会社にも責任があるのではないかと考え、当事務所にご相談に来られました。
交渉の経過:使用者責任の明確な主張と証拠に基づく損害算定
当職はJさんから詳細な状況を聴取し、以下の点を踏まえて会社との交渉方針を立てました。
- 請求根拠の明確化(使用者責任):
加害従業員Kさんのフォークリフト運転業務は、会社の事業の執行にあたること。
Kさんの運転ミス(荷崩れを引き起こしたこと)は明確な過失であること。
したがって、会社はKさんの使用者として、Jさんが被った損害を賠償する責任(民法715条の使用者責任)を負うこと。
また、会社が設置した休憩スペースの安全管理に問題があった可能性も視野に入れました。 - 損害の算定:
後遺障害慰謝料、入通院慰謝料、休業損害(パート収入及び主婦としての家事労働分も考慮)、将来の逸失利益(後遺障害による労働能力喪失分)などを、弁護士基準(裁判基準)に基づいて算定しました。
労災保険から既に給付されている治療費、休業補償給付、障害(補償)一時金については、損益相殺の対象として賠償額から控除することを前提としました。 - 証拠の開示と円滑な交渉:
怪我の内容や程度、後遺障害等級については、会社側(特に保険会社が関与する場合)との間で争いになりやすいポイントです。
そこで、交渉を円滑に進めるため、あらかじめ労働基準監督署からJさんの労災関係資料(診断書、診療報酬明細書、後遺障害診断書、障害(補償)給付支給決定通知書など)を取り寄せ、これらの資料を会社側に開示することで、損害額の客観的な根拠を示し、会社側も検討を進めやすくするよう配慮しました。
会社に対し、使用者責任を根拠とする損害賠償請求通知を送付したところ、会社側は顧問弁護士を立てて対応してきました。
当初、会社側は事故の発生自体は認めたものの、損害額の算定、特に後遺障害慰謝料や逸失利益の評価について、当方の請求額よりも低い金額を提示してきました。
当職は、以下の点を粘り強く主張しました。
Jさんが負った後遺障害の内容と、それによる日常生活や就労への具体的な支障。
労災14級という等級の重みと、同種の事案における裁判例における慰謝料水準。
パート従業員であっても、後遺障害による労働能力の低下は適切に評価されるべきであること。
Jさんが事故前から真面目に勤務し、今後も就労意欲があるにもかかわらず、後遺障害によって将来の就労機会や収入に影響が出る可能性。
事前に労災資料を開示していたこともあり、怪我の事実関係や後遺障害等級そのものについては大きな争いにはならず、主に損害額の評価が交渉の中心となりました。
本事例の結末:労災給付を除き、約210万円の賠償金で示談成立
数回にわたる交渉の結果、会社側もJさんの被った損害の大きさを理解し、最終的に、労災保険からの給付とは別に、解決金として約210万円をJさんに支払う内容で示談が成立しました。
この金額には、後遺障害慰謝料、入通院慰謝料、そして後遺障害による逸失利益などが含まれており、Jさんにもご納得いただける結果となりました。
Jさんは、”休憩中の事故だったので、会社の責任を問えるか不安でしたが、しっかりとした補償を受けることができて本当に良かったです”と安堵されました。
本事例に学ぶこと:休憩中の事故でも諦めず、専門家へ相談を
本事例から学べることは以下のとおりです。
- 休憩中の事故でも会社の責任を問える場合がある
事業所内で発生した事故であれば、たとえ休憩時間中であっても、他の従業員の過失によるものであれば、会社に使用者責任が認められる可能性があります。 - 使用者責任の追及が重要
加害者が同じ会社の従業員である場合、その従業員の業務遂行中の(あるいは密接に関連する)不法行為については、会社が使用者として損害賠償責任を負うことがあります。 - 労災保険給付だけでは不十分な場合がある
労災保険は、慰謝料(特に後遺障害慰謝料の満額)や逸失利益の全てをカバーするものではありません。会社の責任が認められれば、労災保険とは別に損害賠償請求が可能です。 - 証拠の事前開示が円滑な交渉に繋がることも
特に怪我の内容や後遺障害の程度が争点となりそうな場合、客観的な証拠(労災資料など)を事前に開示することで、相手方も事実関係を把握しやすくなり、いたずらに交渉が長期化することを防げる場合があります。ただし、開示する資料の範囲やタイミングについては、弁護士とよく相談することが重要です。 - 弁護士への相談のメリット
法的な観点から、会社の責任の有無や程度を正確に判断できます。
被害者本人では難しい、会社側(やその代理人弁護士)との専門的な交渉を代行できます。
弁護士基準(裁判基準)に基づいた適正な損害額を算定し、請求することができます。
労災保険の手続きと、会社への損害賠償請求の手続きを並行して、あるいは連携させながら進めることができます。
もし、勤務先で事故に遭い、それが他の従業員の過失によるものであったり、会社の安全管理に問題があったりすると感じた場合は、泣き寝入りせずに、まずは労災問題に詳しい弁護士にご相談ください。適切なアドバイスとサポートにより、正当な補償を得る道が開けるかもしれません。
弁護士 時田 剛志
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