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労働災害は、いつ誰の身に降りかかるか分からないものです。
そして、労災保険給付を受けたとしても、それが必ずしも十分な補償とは限りません。
会社側に安全への配慮が欠けていた場合、別途損害賠償を請求できる可能性があります。
今回は、スーパーの鮮魚コーナーで包丁による切創事故に遭い、後遺障害を負われた方が、ご自身の過失も認めつつ、当事務所のサポートにより会社から労災保険給付とは別に約200万円の賠償金を得た事例をご紹介します。
紛争の内容:鮮魚コーナーでの切創事故と会社の安全配慮義務
ご依頼者様(Fさん)は、長年スーパーマーケットの鮮魚コーナーで勤務され、日々魚をさばく業務に従事していました。
ある日、いつものとおり作業中に、誤って包丁で左手を深く切ってしまい、神経損傷を伴う怪我を負われました。
労災申請を行い、治療を続けましたが、残念ながら左手の指の感覚麻痺や可動域制限といった後遺障害が残り、労災では12級相当の後遺障害と認定されました。
Fさんは事故当初、「自分の不注意だった」と深く反省しており、会社に対して強い不満を抱いていたわけではありませんでした。
しかし、労災の後遺障害等級認定を受け、将来への不安を感じる中で、本当にこれだけの補償で十分なのだろうか、会社としてできる対策はなかったのだろうか、という疑問が湧き上がってきました。
伺えば、Fさんの職場では、これまでも包丁による小さな切り傷事故は時折発生していたにもかかわらず、会社から切創防止用の手袋の着用指示や支給は徹底されていなかったとのことでした。
そこで、Fさんは、会社に安全配慮義務違反があったのではないかと考え、当事務所にご相談に来られました。
交渉の経過:本人の過失を認めつつ、会社の責任を追及
当職はFさんから詳細な状況を聴取し、以下の点を踏まえて会社との交渉方針を立てました。
- 会社の安全配慮義務違反の主張
鮮魚加工業務において、鋭利な刃物を使用することは日常的であり、切創事故のリスクが高いことは予見可能であったこと。
過去にも同様の事故が発生していたにもかかわらず、切創防止用手袋の着用を義務付けるなどの具体的な再発防止策を十分に講じていなかったこと。
これは、労働契約法第5条に定める「労働者の生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする」という安全配慮義務に違反する可能性があること。 - Fさん自身の過失の考慮
Fさんご自身も「自分のミス」と認識しており、一定の過失があったことは否定できないため、過失相殺されることは想定の範囲内とすること。 - 損害の算定
後遺障害慰謝料、逸失利益(後遺障害による労働能力喪失で将来得られたはずの収入減)、入通院慰謝料などを算定。
逸失利益については、Fさんが幸いにも事故後も同じ会社に勤務を継続できており、現実的な収入減は発生していませんでしたが、後遺障害による労働能力の低下は客観的な事実であり、将来の昇進や転職の可能性に対する不利益、あるいは同じ仕事をする上での負担増などを考慮し、一定程度の請求を行うこととしました。
まず、会社に対し、安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求通知を送付しました。
会社側(代理人弁護士が対応)からは、当初、「事故はFさんの個人的な不注意によるものであり、会社に責任はない」「安全対策は可能な範囲で行っていた」との反論がありました。また、仮に会社の責任を一部認めるとしても、Fさんの過失割合は非常に大きいとの主張でした。
交渉は複数回に及びましたが、当職は以下の点を粘り強く主張しました。
- 切創防止用手袋の有効性や、同業他社での導入事例。
- 過去の事故発生状況と、それに対する会社の具体的な対策の不十分さ。
- Fさんの過失を認めるとしても、それが会社の安全配慮義務を免責させるものではないこと。
- Fさんが現実に減収していないとしても、後遺障害による労働能力喪失分の補償はなされるべきであること(労働能力喪失率に応じた一定の評価)。
本事例の結末:過失相殺のうえ、約200万円の賠償金で示談成立
最終的に、Fさんの過失を一定割合認める形で過失相殺を行うことを前提に、会社側も安全配慮義務に一部問題があったことを認め、労災保険からの給付とは別に、解決金として約200万円をFさんに支払う内容で示談が成立しました。
この金額には、後遺障害慰謝料のほか、現実の減収はなかったものの、Fさんの後遺障害による労働能力の低下が一定程度考慮された逸失利益も含まれています。
Fさんは、”自分のミスだからと諦めかけていた部分もあったが、弁護士に相談して会社の責任も問うことができ、納得のいく解決ができて本当に良かった。これからも今の会社で頑張っていけます”旨安堵されていました。
本事例に学ぶこと:諦めずに専門家へ相談を
本事例から学べることは以下のとおりです。
- 「自分のミス」でも会社の責任を問える場合がある!
労働災害は、労働者個人の不注意だけで発生するとは限りません。会社の安全管理体制や作業環境に問題があれば、労働者に一部過失があったとしても、会社は安全配慮義務違反の責任を負うことがあります。 - 安全配慮義務違反の視点を持つ
会社は、労働者が安全かつ健康に働けるよう配慮する義務を負っています。事故が発生した場合、その原因が個人の問題だけでなく、会社の安全対策の不備に起因していないか、という視点を持つことが重要です。 - 労災保険給付は全ての損害をカバーするものではない!
労災保険は、慰謝料(特に後遺障害慰謝料の満額)や、きめ細かい逸失利益の算定まではカバーしきれない場合があります。会社の責任が認められれば、労災保険とは別に損害賠償請求が可能です。 - 逸失利益は柔軟に考える
事故後も同じ会社で働き続け、現実的な収入減がない場合でも、後遺障害によって労働能力が低下した事実は残ります。将来の昇進・昇給への影響、転職の際の不利、あるいは同じ業務をこなすための余計な努力などを考慮し、逸失利益の一部が認められることがあります。 - 弁護士への相談の重要性
法的な観点から、会社の責任の有無や程度を判断できます。
被害者本人では気づきにくい安全配慮義務違反のポイントを指摘できます。
専門的な知識に基づき、会社側と対等に交渉を進めることができます。
過失相殺の割合や賠償額の算定など、複雑な問題を適切に処理できます。
もし、労働災害に遭われ、ご自身の過失があったと感じていても、あるいは会社の対応に疑問を感じることがあれば、一度労災問題に詳しい弁護士にご相談ください。諦めていた補償が得られる道が開けるかもしれません。
弁護士 時田 剛志
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